暗示。

根が単純なもんで暗示にかかり易いというお話。


昔から占いは信じたくないんだけど信じてしまう。
「あんなモノは誰にでも当てはまるように出来てるんだよ。」
「一緒の人は同じ運命なの?そんな馬鹿な。」って意見には、なるほどと納得して
論理的に否定しようとするんだけれど、なんだかんだで最終的には信じている自分がいる。


放って置けば良いものの、言われてしまうと気になって仕方ない。
段々とそんな気がしてくる、そうかもしれない、いやそうに違いない。って感じ。
思えば良いコトはそんなに当たっている気がしないが、悪いコトは多く当たっているような気がする。
よくよく思い出して考えれば確かにどっちも微妙なんだけれど、悪いことは印象に残りやすいしね。
なので、悪いコト言われると何か滅入ってそんな気がして陰鬱な感じに陥って、
結果ミスして「当たった!」なんて馬鹿な連鎖を作りやすかったするワケだ。
単純な性格は時に美徳だと感じるんだけれど、それ故にこういう風に困ったコトも多いと思っている。


暗示が強くなったのは1つ原因もある。
数年前にギリギリの状況に追い詰められて、随分と酷い状況になったコトがあるんだけれど、
藁にも縋る思いで占い通りに行動してみたら結果大逆転。ってコトもあって、
それ以来、完全に無視するにはいかないというか、割と気にして行動するようになって、
それって信じてるってコトで、暗示じゃなないじゃないかって感じだけれど、
何か頑張り方、判断の仕方に少なからず「そういう風な結果を迎える為に寄って行ってる」って部分があって、
それが暗示なんじゃないか?って思うワケだ。


今月はこういう風によく考えない発言をする、それによって問題が起こるってのがあって、
それならこんなコトをblogに書かなきゃいいんだけれど、これもそう、「暗示」の力って気がする。
何やってんだか俺。


「占いが当たる」って人はこういう心理で行動してるんじゃないかなあ。


今年、来年、再来年、さらにその先のコトを考えて不安になる、鬼に笑われそうな俺。
こういうダメで弱々しいコト考えるようになっている時は、仕事漬けになるってのがイイな。
過去の経験からそう思う。結局ワーカホリックな状態が一番安定しているんだよな哀しいけど。


ここ最近の買い物(久々):
MRチェア×2、LC10、ロールスクリーン×多数、ウッドブラインド×多数、LOUNGE LIZARDのPコート、トレンチコート
LITHIUM HOMMEのパーカー、VCDのトルーパー、ブルー、パイロット、小説多数、などなど実はメチャ買ってるので秘密。